小嵐神社(遠山紀行・2)

2007.03.23 Friday
さて上村の伝承館、下栗、遠山川をチョコッと見たあとは、和田の町で昼食だ。
蕎麦好きの父は美味しい蕎麦にご機嫌である。

しっかり食休みもして、お会計のときにおかみさんに
「あの〜小嵐神社ってここからどう行くのでしょうか」と道を尋ねる。
解りやすそうな目印を教えていただいて元々記憶力が長持ちしない私と、記憶力が衰えている爺は一安心である。
「道は林道ですか?けっこうハードなんでしょうか」と更に訪ねるとおかみさん
「道はそんなでもないけどねぇ、落石がけっこうあるんねぇ」とにこやかにさらりとおっしゃるので、また内心冷や汗をダラダラとかく私。
…嫌だ。でも何処を走っても集落が途絶えたらまさに山、というここ遠山、もう行くしかない。…怖くなったら、すぐに戻ろう…。

学校の横を入り、上り坂を行くとすぐに民家は途絶えて道は急な登りへ。
「あれ?こっちかな?」どっちへ入って行っても山、という分岐にやや迷いながらも上へと進む。
それでも少し不安になった私、前からステッキを突いて歩いてきた老夫婦を見つけるやいなや車を止め
「あのうすみません、ちょっと教えていただけますか、小嵐神社は…」と道を尋ねる。
「ああ、そうな、ここから20分くらいかな。」
お2人にお礼を行ってまた車を走らせながら父に
「…ねえねえ、この先になんにもなさそうなんだけど、どこから下ってきたんだろうねぇ、あのお2人」と聞いてみるが「わからん。」とアッサリした返答。
きっとお散歩だよね。ハードな散歩だけど…私ならザックを担いで山歩きの装備かな…でも手にはステッキだけだったな…。

乾いた山の斜面の間の道を車は登り続ける。
…うん?なんだか道がほこりっぽくなってきたぞ。

あ。やっぱり…
ここ、こわい。落石だ(細かいけど)。
これは竹箒が欲しいような退かしきれないパラパラかげん。大胆に踏んで行く車が殆どなんだろうけれど、私のン年越しのスタッドレスではいつシュ〜、となるかわからない。

上手なのか下手なのか自己判断できかねる避け方で、車を走らせる。
途中どうしようもない落石をどけながら……いいよ爺は車から降りなくて!
だからいいってば私がどけるってば!石が落ちてるって事はまた落ちてくるってことでしょ!!そんなにのんびりどけてたら危ないって!!チョッと!!!
・・・良かれと思ってしていることで親子喧嘩もみっともないので、腹の中でそう叫びながらとりあえず一度目はお礼のみ言う。
次は短気でせっかちな父よりも先に、私がドアを開けよう(笑)。

落石をどけながら、それでも車は山道を登り、…本当にあるの??神社…
と心元なくなってきたとき、視界が開けた。
小嵐神社だ。

ホッと安堵して車から降り体を伸ばす。ヤレヤレ、やっと着いた。
あたりはしんとして、鳥のさえずりが聞こえるだけ。
重なった赤い鳥居が見える。
車一台通らず、私たちのほかは人っ子一人いない山の上。
趣があるのを通り越して、神様がじっとこちらを見ているような畏怖を感じる。
鳥居をくぐり奥の社へ。
社の立つ斜面には無数の鳥居が奉納されている。なんという数…
商売の神様と言われるこのご神体に対する人々の信仰心の深さ。
それは安定した日々の生活への人間の期待と、金銭への執着にも通じる。
小高い丘の上、うす暗い杉林の中の社に奉納された無数のお稲荷様が、そんな人びとの切実な思いを語りかけてくるようだった。

帰り道、来た道を戻らずどうせなら木沢へ抜けてみようかと思っていたが、しんとした小嵐神社の雰囲気とこの先の落石に不安を覚えて、来た道を引き返すことにする。
道中何事もありませんようにと念じながらハンドルを握り、無事に山を下り人家が見えたときは心から安堵した。

今も木沢集落の人々によって大切に守られ、真新しい鳥居が増え続ける小嵐神社。
ここ遠山には、今も無数の神々が住んでいる。
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