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伊那谷。それは山深く、現代まで昔ながらの神楽の伝承が残る希少な場所。
いつか、行きたいな。 …と狭いトイレに貼ってある巨大な「け○し○銀行」の長野県カレンダーを一日に何度も見上げては、ちょうど目線の横にある「下栗の里」から松本までの距離を指で測ってみたりして空想に耽っていた私。
う〜ん、遠い。伊那から先が、下道を行く気力がない。 木曽方面はなんとなくだらだら行けちゃうんだけどな。 高速を使えばひとっきりなんだろうけれど、お金がかかるしな〜。 …と、そんなことを考えながら高速で美術館のある駒ヶ根〜松本、もしくは下道で友人の住む伊那〜松本間だけを往復していた私。
そんな私にある日まったく突然に、絶好のチャンスがやってきた。 はるばる神奈川から遠山郷へ向かう友人が
「ジネンちゃんの家へ寄って乗せてってあげるよ。帰りももちろん送ってくしさ」な〜んて言ってくれたのだ。まじ???そんなら行く、行く(笑)。 と言うことで急遽決定した私の「遠山谷」行きなんである。
信州の秘境…北信州の秋山郷、そして南信州の遠山郷。 秋山郷は、20数年前と5年ほど前に訪ねたことがあるが、遠山谷は初体験の私。 南北に長い長野県、南の景色は松本の私から見ると異国である。
伊那谷のおとなり、木曽谷を車で走っていても、林道を歩いていても南木曽ともなると中信とは植生も風景もまるで違ってくる。 庭先の垣根がふと見るとお茶の木だったり、ゆずの実がたわわに生っていたり、山には冬でもどことなく青々としているように見えるソヨゴやモチやツバキなどの常緑樹がたくさん茂っていたりする。 右を向いても左を向いても山だらけ、降雨量が多く山はいつも水を含み、山のそここには沢が流れ、美しい小渓流や滝を作っている。 入る人間の数も分散されて少なくなるためか(笑)、松本周辺ではわざわざ探して歩くような野草も、道沿いに群落を作っていたりする。
…そんな木曽も大好きなのだがそれとは別に、伊那谷には以前から一種のあこがれがあった。 漠然と抱いていた、山深い里のイメージ。そこには、まだ世間と隔絶された場所があって密やかな山神の営みが今でも続いている…そんなものに対する興味と憧憬があった。
まだ暗いうちに松本を出た車は、夜が明けたばかりの遠山郷へ向かう山道をどんどんと登っていく。 ところどころ車を止め、見渡せる景色の解説をしてくれる友人Tちゃん。 もう一人、神奈川から同乗してきたTKちゃんも遠山谷は初めてで、2人でひたすら景色を眺めながら 「ほぉ〜…」。ほかに言葉がない。
十重二十重に重なる深い山、その背後に白く輝く南アルプス。
眼下には遠く、けれども石を投げれば私でも届きそうなほど真下に遠山川が光っている。そして目線の真横の山の斜面には、朝日に照らされた集落が浮き立って見える。 |
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私がいま立っているここはいったいどこなんだろう。
距離感も空間も時間ですら日常から遊離して、奇妙な、
でも心地よい浮遊するような感覚にしばしの間、とらわれる。 |
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遠山川沿いに林道を行く。
車の中のメンバーは、私が手伝うことになった地域おこしプロジェクトのマネージャー神奈川のTちゃん、マラソンランナーのTKちゃん、運転してくれている途中合流した遠山郷住民のMちゃん、それに私。
本日のガイド役の地元住民Mちゃんに 「これだけ(人家が)離れていてもやっぱり回覧板は持っていくの?」 と聞いて笑いを取る私。当然持っていくに決まっている、たとえ隣りの家まで数キロあろうとも。…歩いていくのかな。車かな。いや歩いていくんだろうな。
いろんなことを考えていると、釣人TちゃんMちゃんによって車中はすでに釣りの話題に。 「あんときの増水はえらかったな〜、ロープと×××と○○○を使ってやっと帰ってこれた」 「へぇ〜Mちゃんでもそんなだったの、それで釣れた?」 「うんそうだな、イワナの尺が○○匹とそれから…」 喋りながらも2人の顔は川を向いている。 私はひたすら車のウインドウにオデコをくっつけて、山の斜面に目を凝らす。
紅葉の色はまだ残っていたが、すでに晩秋の景色の斜面。…さすがに目に付く緑は羊歯が殆どか…。
車の終点、加ヶ良(かがら)の景色は真っ白な石灰岩が深い緑の川の色に映えて何とも幻想的だ。 重なる色づいた山の向こうに遠く南アルプスが霞んで見える。
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こんなに深い山のなかに、これだけ広い川幅で流れる遠山川。 Mちゃんが「見てごらん、あそこに少し砂利を掘ったような跡があるでしょ。」アマゴの産卵床だそうだ。
遠山川沿いに戻り、車から離れて昔の森林鉄道跡を歩く。 |
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遠く忘れ去られた過去が、時間を積み重ねてまだそこにはあった。
河原の石はおもしろくて、カメラを向け出すとキリがない。
仏島と呼ばれる谷の岩盤の狭窄部分の石は激しい流れで洗われて、面白い肌合いを見せている。 |
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国産なんてお目にかかれないと思っていた赤石も、数十トンクラスのものから小石、砂利サイズまであちらこちらにゴロゴロしている。
とても短い日記には書ききれない、面白いことが遠山にはあり過ぎて困ってしまう。
下草も枯れ始めた晩秋でこれだから、4月5月はたぶん、私はなかなか前に進めないに違いない(笑)。
以前からTちゃんに「私の移動時間はね、u単位なんだよmじゃなくって」
といかに自分の山歩き速度がゆっくりなのかを解説しておいたが、実際に私の歩く姿を見たTちゃんに
「u単位じゃなくって、ジネンちゃんは立法m単位なんじゃない」と言われてしまう私…。
途中用事があって分かれたMちゃんたちに代わって、後から合流した案内人、飯田のHちゃんもカメラを構えたままなかなか前に進まない私に
「まだ〜?」
と呆れ顔である。
だってしょうがないじゃん。今度いつ来れるかもわかんないんだもんね。
…と言いながらも、
『次は自力で来よう…好き勝手にまわれるし。でもこの落石だらけの山道だけは一人はキケンかも…だいたい入ってきたら帰れないかも携帯通じないし う〜ん』
と、心の中で次の来遠計画をコッソリと練る私なのだった。
不思議な場所、遠山谷。
山深いが、そこここに人の息づかいがはっきりと聞こえる。
次はいつ来ようかな。
きっと誰もがそんなふうに思ってしまうんだろう、ここはそんなところだ。
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