杉の葉が無い!

2006.08.08 Tuesday

車で15分の山。こんなふうにどこにでもあるんだけど…
(冬の写真で恐縮ですが)
 7日・8日は私が住む町会の行事「ぼんぼん・青山(あおやま)さま」の日だ。
 このローカルな行事、松本市の「重要無形民俗文化財」に指定されている。
 いったい何のためでどんな由来があるのか、私もわからぬまま子供の頃から参加していたのだが、人生の半分を過ぎて初めて由来を調べてみようとしたのだが、やっぱりよくわからなかった(笑)。
 江戸時代末期に始まり、ご先祖様の霊をなぐさめる、というのが起こり…とはされているが。
 子供のころは町内の神社に集まり、そこから出発したのだが、今住んでいる町会にはお宮は無い。そこで公民館に集合して出発するのである。
 私は役員なので2日間子供たちについて町内を練り歩かなければならないのだが、どうしても間に合わない締め切りに追われ、準備だけで失礼させていただくことに。
 と、いうことでせめておみこしに乗せる杉の葉だけでも私が段取りをと思ったのだが、仕事に追われるうち入手できないまま期日が迫ってしまった。
 都会の話ではあるまいし、どこの山にも生えているものが手に入らないなんて…と思うかもしれないが、実際、この夏場に杉の葉を手に入れようとすると想像以上に大変なのだった。
 前回の役の時は、相当前から庭職人さんにお願いしておいて頂いて来たのだが、今年の夏は忙しかったのと、「前年度は近くの生花店で購入した」という話をアテにしていたためチョッとのんびりしてしまったのだ。
 いざ一週間前になりその生花店に電話をしてみたらば、電話に出てくれた店員さんの言うには「仕入れたのではなくて、社員がたまたま長野市方面に里帰りした際に杉葉を分けてもらってきた」ので今年はありません…と言われてしまった。
 正月の時分ならば、正月の花飾りや門松の材料に使うため生花店にも並ぶ杉の葉だが、こんな真夏にはどこにも売っていないわけで…。
 杉の葉なんて、山に行けばあるのはわかっている。しかし国定公園内のものは一木一草一石たりとも、持ち帰ってはならないという法律があるし、当たり前だが山の土地もみな誰かの持ち物だ。
 子持ちのオバサンが高枝切りバサミで杉の枝を切っているくらい、見逃してくれる可能性もあるが、そこが人の土地ならばこれはやっぱり、立派な犯罪である。
 分けてくださいとお願いしたくても、山には表札はない。
 正月の行事・三九郎してもそうだが以前から、町の伝統行事に色々な「コマッタ」を感じていた私、支部長と相談の上町会長さんのお知恵を拝借することに。
 「あの私たちでですね、手配するのには限度がありましてその、なんとか皆さんのお知恵をお借りできないものでしょうか…申し訳ありません。」と電話を差し上げると、
 「昔はいくらでも手に入ったもんだが、今は難しいからねえ。これからは子供たちに作ってもらい、それを飾り付けたらどうかね。」おお、さすが町会長さん。それは大変わが町らしくてよろしいのではないでしょうか。
 で結局、期日までに手に入れば今年はそれで行く、だめなら色紙で杉葉を作るじゃんね、ということになった。
 三九郎ではやぐらを組んだ丸太に稲わらを巻き付け、そこに正月飾りを挿し、飾り付けるのだが、この稲わらも町内では手に入らないので役員の実家や遠い親戚などを頼って軽トラをお借りたりして役員が女手で運んでくる。秋に刈った稲わらを、正月まで濡れないように管理していただかなければならないので、そんな問題もある。小さいやぐらひとつで、軽トラ満載の稲わらを使う。
 松本市の町の祭りが、市外に頼らなければ材料も揃わず、毎年手配先さえ決まっていない…というこの現実。
 毎年なんとかなってしまうので「喉元過ぎれば」で、誰も問題にしないのだが、現実を見ない振りしているだけのような気がしてすっきりしない。
 私個人の考えでは、町でつつがなく行事ができるように切り替えて行ってしまえばよいと思うのだが、その提案をするその年の支部長は勇気がいるものだ。
 ただでさえ仕事を休んだり、休めない人は寝る時間を削ってやっているところへ持ってきて、従来の「しきたり」を変えるということはものすごくエネルギーがいる。
 そう考えると大きな声で「簡素化」を叫ぶのもはばかられる。しかし疑問は残る。

 杉の葉、どうなったかって?
 何とかなりました。今年の「青山さま」もずいぶん、遠いところから来たわけで…。 

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