松川で鮎釣りを教えて貰った時に一番辛かったのが「中腰」の体勢だった。
太ももまでのバカ長なので、よけいに中途半端な中腰を強いられてオトリ交換に気が入らなかった。
川の中で転ぶことを気にして体がカチカチに緊張して、かえってフラフラ危なっかしかった。
バカ長では、鮎釣りは無理だ、ということに気が付いた。
でも年に何回できるかわからない鮎釣りの為に買い物をするなんて、主婦の良心がチクチク痛む。
そこで私は‘川でしゃがむのと転ぶのを気にしないで済む’と言う‘いいわけ’を心の中で何度も繰り返しつつ、近所の釣具店のウエーダー売り場の前でさんざん悩んで、店長さんを呼んで数ある中から最安値の真夏用鮎タイツを試着させてもらい、
「こんなもんなんですか?(オシリがピッタリでャなんだけど)」と聞くと
「こんなもんです男物ですし。ガバガバだとかえって動きにくいんです、オーダーメイドなら・・」「いえこれでいいです」 |
それが、これ。
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本当はソックス+ズボンタイプのゴアテックスウエーダーが欲しかったけど、差額で5回は釣りができるじゃん。・・・と自分の良心にまた言い訳をしつつ、いただいた竿↑を持って二度目の鮎釣りに行くことに。
今日も先生はあのヒラちゃんである。管轄の下伊那が水況が悪く釣りにならないそうで、ちょいと南の川へ遠征。
「今日は養殖から鼻カンつけてみること、引き抜きの練習もするから」とヒラ先生。
ん?そうおっしゃるヒラ先生の横にはもうお一人の先生が。・・・・ヒラちゃん、今日はご自分も釣る気なのね。
気のおけないお兄さんのようなヒラ先生のお友達、A先生は、竿も持たずにでも全身着替えてご一緒してくださる。
今日はよろしくお願い致します。わざわざお付き合いくださったこのご恩はいつか必ず・・・え、何ヒラちゃん。んなことより一匹でも釣って見せろ?
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今日はとっても景色が良くて周りには人もいなくて嬉しい場所なんだけど、とっても川らしい(?)んだよね。
いく筋も白波が立って流れている所や、一見緩やかな流れだけれど入って見ると足が進まない所や、あの松川でもフラフラ歩いていた私としてはそれだけで緊張してしまうのだ。
今日はひととおりの動作をすべて自分でやってみよう。ある程度川の中も歩くだろうし、胸まである鮎タイツのおかげで転ぶことも覚悟の上。
でも、やる気と同じくらい緊張も高まるのである。・・・で、やたら無口になる私。
養殖の鮎をタモに移して、鼻カンをつける。
川に入った時から妙に緊張しているので、手が震えて二度、三度鼻の穴に押し当てなんとか通す。チバリも手が震えているので何度目かになんとか打つ。
さぁ、行って来い!・・・・なんとか沖に向かって泳ぎ出すオトリ鮎だが、川の中ほどの流れが速い場所の手前で立ち止まってしまう。そしてそのまま下流に・・・。 |
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これではイカン・・・たぶん真ん中の流れの対岸よりに大きな石が幾つか見える、あのあたりが良さそうなんだけど・・・どうやってアッチに行かせるんだっけ??
水中で糸を弛ませて、水の抵抗で鮎の進路を操作することは頭で理解していても、糸を緩めてやっているつもりでも鮎は下流寄りにゆっくり移動していくだけで、川を横切ってくれない。
え〜〜とどうするんだっけ・・・ここでムリヤリオトリを釣り上げて、上流へポッチャンて落としたら弱っちゃうのかしら・・・でもこのまんまでは何も起らないぞ。ええい、やってみようかな。でももう少し泳がせてみようか・・・
と固まっていたらヒラ先生が「こうやるんだよ」と竿を上流に傾けすーいと操作して、オトリを川面に出すことなく真ん中の流れに入れてくださった。
さすがである。というか、これができなきゃ鮎釣りにならないじゃん。鮎の居る場所にオトリを入れなければ何も始まらない。
その後はなんとか良さそうな場所を泳がせるが野鮎はかからず、竿に叩くようなアタリがあって上げて見てもついているのはオトリだけ。見ると自分でハリに絡まっていたり、更にチバリが取れていたり。A先生にアドバイスをいただきながら、オトリを再度流れの中へ。
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上流で釣りを始めたヒラ先生を横目で見る余裕も無く、ひたすら「オトリをアソコに行かせるつもり」の竿の操作をするがトラブル続き。取れたチバリを打ち直しては泳がせられ、トラブルのたびに幾度も岸辺に引き戻されるオトリはだいぶグロッキーの様子。更に根掛り・バイバイ(切れちゃった)でとうとう予備のオトリに交換することに・・・。
ヒラ先生の釣りを見ていたA先生が「ヒラちゃん、6本釣れたよ。」、どれだけ時間が経っているのかも解らない私、それが多いのか少ないのかもわからない。ん?てことは・・・
「野鮎に代えてやろう、こっちへおいで」悔しいんだけどここは素直にお願いする。始めたのが午後をかなりまわったところだったし、少しでも泳いでくれる野鮎でなんとかこの川の鮎をかけて、取り込んでみたい。
焦っているのとまだまだ緊張しているので、相変わらず手が震えるが、オトリのセットはなんとかできた。今度はイカリバリの取り付け方を教わって、やってみたらあれ?
付けた筈のハリが無い。「流しちゃったみたい・・・・・・」苦笑いしながら再度、ご自分のハリをくださるA先生。こうやって通して引っ張ってハイ、・・・ん?「あれ?また・・・ハリがない!?」
気のおけないお兄さんA先生もさすがに「なんじゃとぉ〜!?」三度目はA先生にハリをつけていただき、さあ行って来い!
今度はなんとか流れに入ったが、オトリはそのまま下流へ下ってしまう。自分も一緒に川の中を下流へ歩くのだが、そうじゃなくて・・・その向こうへ行って欲しいんだけどな。とうろたえているとA先生が「こうやってさ〜」と私の竿をススッと操作して、あっという間にあ、ソコソコ!という場所へ川面にオトリを出すことなく誘導。
・・・ん〜、さすがである。
先生方はお二人ともすご〜く簡単そうにやってのけるのだが、これが、私にはできない。
「仕方ない場合はこれでもいいよ」と言われ一度鮎を持ち上げてから川に入れる、というのもやってみたけれど、これでも鮎は自分の手前寄りに来てしまって、沖の方へ行かない。
ぼちぼち日も傾いて、西日がきつくなってきた。
「上へ行くぞ。」と言われるがままに着いていくとヒラ先生「これが背バリな、ここにこうやって打つ」
移動した場所は、やや流れの強い瀬。瀬の中に鮎を入れる時は背バリを打ち、瀬の下層にオトリを潜らせるのだそう。
オトリの野鮎は今度はまっすぐに川を横切り、瀬の中に入っていく。そして入ったとたんに竿がしなって重くなる。
竿を上流に倒し気味に仕掛けはほぼまっすぐにして水中糸をすっかり沈め、天上糸との結束部分を目印にして鮎を泳がせるように、と教わる。
けれど竿先は流される鮎に引っ張られ、竿尻から上流へ傾けようとしてみるけれど、竿は下流へ向かって倒れていく。
う〜っ、このままではイカン何とかしなければ・・と思ったとたんに竿が急にぐっと引っ張られ重みが増し、竿先は更に下流に向いてあっという間に大きく撓った。混乱した回らない頭で、それでも竿をベッタリ倒さないよう持たなければと精一杯肩と腕に力を込める。そしてふと気が付くと10メートルほど下流にいた先生の竿が、撓った私の竿先の真上にあるではないか・・・。
「かかってるぞ!」と言われても返事も出来ない。このままではどうしようもないので、ある根性を全部振り絞って腕に力を入れたら親だけが飛び出した。
「身切れだなぁ。」と先生方。自分では何が何やら、今度は手だけでなく脚も震えている。
一息つく暇も無く「引き抜きの練習するか。」とヒラ先生。さんざん働かされたオトリは哀れ、再び瀬の中へ・・・。 |
「かかったら、竿をいきなり上げずに上流へ体ごと向ける感じ。竿尻を支点にして上流へ傾けながら竿をまっすぐに立てて」
「タモを抜いて柄を竿と一緒に持つ。竿をまっすぐに立てれば、鮎も自然とこちらに寄ってくるから。」
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いきなりは無理だろうと思ったが・・・
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うわぁ、入った〜・・・!(練習なので鼻カンのついたオトリです。)
この日私の写真を撮ってくださったのはA先生。でも私は撮られていることすらまったく気が付いていなかった(笑)。それだけカチカチになっていたんだろうなぁ。 |
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今日掲げてきた目標は「自分でオトリをセットして、鮎をかけて一人で取り込む」。
終わって見ると、鮎を自分でタモに納めることはできなかったが、なにしろ川に浸かっていた数時間緊張しっぱなしで、記憶は途切れ途切れ。
掲げた目標の何ができたかとかできなかったかじゃなく、この日とにかく強烈に印象に残ったのは瀬に入ったオトリ鮎の重さと、瀬の中で鮎が掛かった時の竿の撓りだった。
まだ16、7cm足らずの小さな鮎。その小さな鮎に、はるかに大きく重い人間がこんなにも翻弄されるとは。
そして眺めていただけではわからない、白波の下の流れの強さ。
二時間足らずの鮎釣りで緊張と疲労で手と足がガクガク震えている今の私には、場所場所の好みも釣り方もわからないことだらけだが、これからが正念場なんだろうと思う。
タモの抜き差しに邪魔だった渓流ベストの丈は詰めればなんとかなる。
餌釣りの仕掛けも結べるようになったし、何度か練習すれば鮎の仕掛けも自分で作れるとは思っている。
でもこれ以上本気でやるなら、タモもいる。引船もいる。
今日も自分で鼻カンをつけたオトリが足元で泳いでいるのを見て、嬉しかった。
うまく泳がなかったけれど、竿を操作する練習も面白かった。
瀬に入った鮎と、かかった鮎に水面に引きこまれそうになる竿の重さは今も腕に残っている。
釣りを終らせ緊張も解けて川を歩く時、いつまでも川に浸かって上ろうとしなかった子供の頃を思い出してなんだか胸がじぃん、とした。
鮎釣りのシーズンはとても短い。
そしてこれからが旬の鮎はとても美味しく、獲って食べると言う純粋な釣りができる。
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余裕綽々の屈託の無い先生方の笑顔を見ながら、タモと船の値段を想像してひたすら悩む私なのだった。
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